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福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)447号 判決 1972年8月17日

控訴人・原告 綾部健二

訴訟代理人 山本卓一

被控訴人・被告 藤木久男

訴訟代理人 安永沢太 外一名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人は、控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和四四年九月一四日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、控訴人において金一〇万円の担保を供するときは、その勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金二五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する(ただし、原判決一枚目裏一〇行目に「訴外武藤武の腹部を轢過し」とあるを「訴外武藤武の腹部を自車左後車輪で轢過し」と、同二枚目表九行目欄外に「二」とあるを「三」と、同枚目表末行目に「訴状送達の翌日以降」とあるを「訴状送達の日の翌日以降」と、同枚目裏五行目に「乙第一号証は知らない。」とあるを「乙第一号証の成立は知らない。」と、それぞれ改める。)。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

一  控訴人は、本件事故の発生につき、加害車の運行管理上何らの過失もなかつた。すなわち、控訴人は、小規模の土建業者であり、かつ、みずからも運転免許を有していたので、格別専属の運転手を雇傭するということはしなかつたが、これは、控訴人のような業態の業者であつては、むしろ通例のことである。そして、控訴人は、本件事故発生時、被控訴人に対し、加害車の運転を指示したが、もちろん無理強いをしたわけではない。かりに、それが、多少被控訴人の意に反するものであつたとしても、被控訴人は、控訴人に雇傭されていたのであるから、雇主である控訴人の指示に従うのは当然のことであり、いやしくも雇傭契約を結んでいる以上、みずからの恣意のみが許されるわけのものではない。しかも、控訴人は、加害車を本件事故より約一年前に購入し、爾来これを運行の用に供してきたのであつて、被控訴人としても、本件事故当時、はじめて同車を運転したわけではなく、同車の運転に不慣れということはなかつた筈である。また、同事故の際、加害車は二日前に点検したばかりで、構造上の欠陥または機能の障害と目すべきものは何もなかつた。従つて、本件事故は、ひつさようするに、被控訴人の加害車運転上の過失に起因して発生したものにほかならない。

二  次に、控訴人は、加害車につき、任意保険に加入していなかつたけれども、元来、任意保険に加入するかどうか、加入するとした場合の保険金額は、まさに、控訴人の任意に決定するところに委ねられているのであつて、本件事故の発生した昭和四一年当時、控訴人のような小規模の土建業者の場合にあつては、むしろ、任意保険には加入しないのが常態であつた。

三  さらに、本件事故発生後、控訴人と被害者である訴外亡武藤武の遺族との間に示談が成立しなかつたのは、控訴人において、本件事故の発生については被控訴人にまつたく過失がなく、控訴人にも賠償責任があるべき道理はないと信じていた反面、被害者側から多額の賠償要求がなされたところから、控訴人としては、到底これに応ずることができなかつたためである。他方、被控訴人は、一応、被害者の遺族と示談をとげているけれども、これは、自己の責任を免れんがため、控訴人に無断でなしたものにほかならない。

四  かくして、控訴人には、叙上いずれの観点よりするも、本件事故の発生につき、みずから責任を分担しなければならないほどの過失はもちろん、すでになした賠償金の求償に当り参酌されるべき過失も、まつたくなかつたものというべきである。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一  かりに、本件事故の発生について被控訴人に過失が存したとしても、それは、加害車に対する被控訴人の不慣れに起因したものにほかならず、従つて、同事故を全体としてみた場合、被控訴人が固辞しているのに加害車の運転を強く指示した、雇主たる控訴人の労務指示及び運行管理上の不適正が、同事故を惹起するに至つた最大の原因というべきである。

二  次に、自動車の運転は、それが運送業として行なわれるか附随業務として行なわれるかを問わず、それ自体事故発生の危険を必然的に随伴するものであるから、自動車の運行支配によつて収益をあげうる立場にある自動車保有者は、反面、その事業から生じうべき危険を保険等により他に転嫁、分散すべき方法をとるのが妥当であり、また、それが可能であるのに、控訴人は、かような自動車保有者として当然つくすべき責務を怠つていた。すなわち、控訴人が任意保険に加入して予め危険を他に転嫁、分散すべき方法を講じていなかつたことは、やはり、加害車の運行管理に関連する過失と目すべきである。

三  さらに、控訴人は、本件事故発生後、亡武の遺族との間において、低廉な金額で成立が見込まれていた示談をあえて取り結ばなかつたのであるから、本件事故についての事後処理を誤つなものというほかはない。

四  叙上の次第であつて、これを要するに、本件事故発生の主たる原因は、控訴人の運行管理及び労務指示の不適正にあるうえ、控訴人は、任意保険に加入するなどの方法によつて、事業遂行上当然に予想される危険を避けるための適切な措置をとらず、しかも、本件事故後の事後処理についても、運行供用者として当然つくすべき誠意を欠き、示談を怠つたため、みずから多額の賠償金を出捐せざるをえなくなつたものにほかならないから、これらの控訴人の重大な過失を考慮すると、かりに、本件事故による賠償金支払について被控訴人にもこれが負担義務があるとしても、亡武の遺族との間に成立した示談によつて支払つた金額を超過するものではなく、帰するところ、控訴人の本訴請求は失当たるを免れない。

立証<省略>

理由

一  控訴人主張の日時、場所において、その主張のごとき交通事故が発生し、その結果、訴外亡武藤武が死亡するに至つたこと、被控訴人が、同事故当時、土建業を自営している控訴人に雇傭されていたことは、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第八号証、原審における控訴本人尋問の結果に弁論の全趣旨を合わせると、右武の遺族である訴外武藤ユウ、同武藤敬六、同武藤敬、同武藤照俊及び武藤利幸は、昭和四二年春頃、控訴人を相手方として、自賠法三条による賠償金請求のための訴訟を佐賀地方裁判所に提起したところ、同裁判所では、昭和四四年八月二五日、控訴人の賠償責任を肯定して、控訴人に対し、右ユウに金一〇〇万円、右敬六、敬、照俊及び利幸に各金三〇万円ずつと、これらに対する昭和四一年一〇月二一日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払を命ずる判決を言渡し、該判決は上訴の申立なく確定したこと、そこで、控訴人は、同年九月一〇日、同確定判決に従い、右訴外人らに対して、元利合計金二五三万円を支払うとともに、同月一二日、被控訴人に対しこれが償還を求めて、同裁判所に本件訴訟を提起するに至つたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  ところで、被控訴人は、控訴人は自賠法三条の運行供用者として賠償責任を負うに至つたものであるところ、同条による運行供用者責任は運行供用者に固有の責任であつて、民法七一五条一項に定める使用者責任とは構造を異にするから、同条三項の適用はなく、運転者に求償することはできない旨主張している。

「なるほど、自賠法三条による運行供用者責任は、同条但書に規定する免責要件を立証しないかぎり免れることができず、運転者の故意、過失を成立要件としていないところ、もとより、故意、過失の存しない運転者が何らの責任をも負うべきいわれはなく、これに対して求償しえないことは、みやすい道理である。しかしながら、他面、運転者に故意、過失の存するたぎり、運転者自身に民法七〇九条の不法行為者責任が成立し、従つて、通例の場合、同法七一五条一項に定める使用者責任の要件をも満たすであろうことも、当然予想されるところであるうえ、元来、同条三項に規定する求償権は、同条項を根拠規定とする特殊な請求権ではなく、債務不履行(被用者と使用者との間の雇傭契約上のそれ)もしくは不法行為(被用者が使用者に第三者に対する損害賠償義務を負担させたことによるそれ)に基づく損害賠償請求権の性質を有するものであることにかんがみれば、運行供用者から運転者に対する求償の関係についても、自賠法四条によつて民法七一五条三項の類推適用があり、ただ、その場合、運行供用者において運転者に故意、過失あることを立証すべき責任があるにすぎないものと解するのが相当である。」

してみると、被控訴人の前記主張は、所詮、これを採用することができない。

三  そこで、次に、本件事故発生の状況について案ずる。成立に争いのない甲第一ないし第七号証(ただし、甲第三及び第五号証については、後記措信しない部分を除く)、原審証人山田泰久の証言並びに原審及び当審における控訴、被控訴各本人尋問の結果(ただし、いずれも後記措信しない部分を除く)を総合すると、本件事故の発生した現場は、巾員一〇・二メートルの、平坦な舗装道路であること、被控訴人は、右事故当時、加害車(自動三輪車、佐六せ二九三四号)を運転して、被害車(自動二輪車、佐賀市〇三四九号)に乗車して先行していた前記武の後方を、約八メートルの車間距離を保つて、時速約三〇キロメートルの速度で追尾して進行中、被害車前方の道路左端に、鉄パイプを荷台後方へ約一・四四メートルはみ出させて積載した自動三輪車(福岡六さ三一四四号)が停車しているのを認め、これを避けるため、徐々に道路中央部分に進路を変更しながら進行をつづけたこと、しかるに、右武は、被害車の運転を誤つて、同車ハンドル左側を右鉄パイプ先端に接触させたため、同車から約三メートル右斜前方の道路上に投げ出され、同車もまた、数メートル滑走して右自動三輪車前部附近に転倒したこと、ところで、被控訴人は、右武がかようにして自車進路前方の路上に突然投げ出されてきたのを認め、とつさに、ハンドルを右に切り、かつ、急制動をかけて、同訴外人を轢過するのを避止しようとしたが、折柄対向車輛がなく、その他右側進路に格別進行を妨げるべきものも存しなかつたのに、加害車に対する運転不慣れのためもあつて、その意図したごとく、ハンドルを充分右に切ることができなかつたばかりか、急ブレーキを完全にかけることもできず、そのため、道路上に横たわつている右武の腹部を自車左後車輪で轢過するに至つたこと、なお、右事故発生後、実況見分に従事した警察官によつて加害車のブレーキテストが行なわれたが、その際の結果によると、時速三〇キロメートルで進行中の、ブレーキを充分に踏み込んだ場合の制動距離は、後輪まで五メートル、前輪まで八・二七メートルであつたこと、しかるに、他方、被控訴人が右武において右鉄パイプに接触したのを認めに地点から、同訴外人を左後車輪で轢過した地点までの距離は、約九・四メートルであつたこと、以上の事実を認めることができる。前掲甲第三及び第五号証の各記載、原審及び当審における控訴、被控訴各本人尋問の結果中右認定に反する部分は、たやすく措信しがたく、他に、同認定を動かすに足る証拠はない。

叙上認定の事実関係にてらして考えると、本件事故の発生に際し、被控訴人に前方不注視の咎があつたとは認められず、また、右事故当時、被控訴人が保つていた車間距離約八メートルは、その際の加害車の速度が時速約三〇キロメートルであつなことと対比し、必ずしも不適当ということはできないけれども、他方、加害車の運転不慣れに起因するところがあるとはいえ、右武が右鉄パイプに接触して自車進路前方に投げ出されるのを目撃したのちの、同車のハンドル操作及びブレーキ操作に的確を欠いた憾みがあり、これが本件事故の惹起された一因をなしているのであるから、被控訴人にも、同事故発生につき過失の存したことは否めないところである。尤も、右武においても、みずからの前方注視義務懈怠かハンドル操作の不手際、あるいは、この両者が相まつて、被害車を右鉄パイプに接触させて路上に転落し、これが本件事故発生の主因をなしたのであるから、同事故の発生について過失のあつたことは多言を要せずして明らかであり、その程度は、被控訴人のそれに比し、むしろ重大というべきである。

かくして、本件事故の発生については、被控訴人にも過失の存したことが否定できないのであるから、他に特段の事情の存しないたぎり、控訴人は、前記ユウらに対して支払つた賠償金につき、民法七一五条三項の類推適用により、被控訴人に対し、これが求償することが許されるものといわなければならない。

四  しかるところ、被控訴人は、本件の場合のごとく、それが附随的な業務であれ、事故発生の危険を必然的に随伴する自動車を用いて事業を経営し、それによつて多大の収益を収めている使用者もしくは運行供用者から被用者もしくは運転者に対して求償をするについては、前者には任意保険に加入するなど危険の転嫁ないし分散をはかる方法の存することを考慮すると、国家賠償法一条二項との権衡上からいつても、後者に故意または重大な過失のある場合にかぎられるものと解すべき旨主張している。そして、被控訴人の、本件事故を惹起した過失は、それ自体としてみるかぎり、決して重大なものといえないことは、すでに考察したとおりである。

しかしながら、飜えつて考えるに、元来、現行民法の構造よりすれば、第三者に対する第一次的な損害賠償責任者は被用者であるけれども、同法七一五条一項の規定によつて、使用者もまた第三者に対する損害賠償義務を負担するものとされていることの関係上、被用者が使用者に対して何らの責任をも負わないことを疑わしめるおそれがあるために、同条三項の規定を注意的においたものにすぎなく、同条項に定める求償権は、被用者の債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求権の性質を有するものと解するのが相当であつて、自賠法三条による、運行供用者と運転者の関係についても、その道理はまつたく異ならないものというべきである。従つて、本来的にいえば、自賠法三条の賠償責任を果した運行供用者は、その賠償金全額を運転者に求償しうべきものであつて、ただ、具体的な事情に応じて、それが制限されうるにすぎない。すなわち、一般不法行為につき国家賠償法一条二項のごとき明文がない以上、運転者に故意がなく、または、その過失が重大なものでないからといつて、その求償義務に何らの消長をきたすものではない、といわなければならない(なお、実際的な観点に立脚してみても、自賠法三条によつて運行供用者責任を負うのは、被控訴人の主張するごとき、大規模な事業のためみずから自動車を利用する企業者から、一時的に自動車を他に貸与した個人保有者に至るまで、その態様は甚だ多彩であることに想到すれば、賠償金の求償に当り、そのすべての場合に運転者の故意または重大な過失を一律に要求することの失当たることは、明らかである。)。

さすれば、被控訴人の前記主張は、これを採用することができない。

五  次に、被控訴人は、控訴人においても、本件事故の発生及び同事故による事後処理の過程で看過しがたい過失があるから、これを斟酌すべきである旨主張しているので、以下、この点について判断を加える。

前掲甲第一号証、同第三号証(ただし、後記措信しない部分を除く)及び同第八号証、成立に争いのない同第九号証の一、二、原審における被控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認めうる乙第一号証並びに原審及び当審における控訴、被控訴各本人尋問の結果(ただし、控訴本人のそれについては、後記措信しない部分を除く)を総合すると、次の事実を認めることができる。

すなわち、控訴人は、いわゆる個人企業として土建業を営み、常時使用人数人をおいて活溌に営業し、その年間工事高は昭和四六年度において約一、五〇〇万円であり、本件事故の惹起された昭和四一年度においても、その工事量自体としては昭和四六年度のそれとさほど差異のないものであつたこと、ところで、控訴人は、その業態よりして、資材の運搬その他に自動車を使用することが多い関係上、本件事故当時、普通乗用自動車と加害車の二台を保有していたが、格別専属の運転手をおくことはせず、通常控訴人とその妻である訴外綾部美代子がこれを運転して、営業上の必要を満していたこと、他方、被控訴人は元来農業に従事する身であつて、本件事故の約一年前から、農閑期を利用して被控訴人に雇われ、建築大工のいわゆる小取り(雑役人夫)として稼働していたが、昭和四〇年四月二日に大型免許の交付を受けているところから、控訴人の指示に基づき、控訴人保有の自動車を幾度か運転したことも存したこと、尤も、加害車は、本件事故数ケ月前に購入されたものであり、被控訴人の運転したのは、普通乗用自動車のほか、加害車購入前にあつた自動三輪車のみであつて、被控訴人としては、加害車を運転したのは本件事故当時が最初であつたが、同車と同車購入前の自動三輪車とは、車種を異にし、車長、車幅はもちろん、積載重量をも異にするものであつたこと、なお、被控訴人は、控訴人方で雇傭されることにより、日給金一、二〇〇円をえていたこと、ところで、被控訴人は、本件事故を惹起するに先立ち、控訴人から加害車の運転を命じられたが、これに対し、右事故当日に予定されていた工事現場が、被控訴人の自宅への帰路に当るところから、作業終了後一旦控訴人宅に引返えさなければならなくなることを嫌つて、同車の運転をしきりに固辞したこと、しかるに、他方、控訴人においては、同日中に工事が終了する見込であつなところから、残つた建築資材などを持ち帰らなければならない関係上、加害車を工事現場まで運転していく必要があるのに、控訴人自身及び前記美代子にそれぞれ差支えがあつたため、これが運転を被控訴人に強く指示したこと、かくして、被控訴人は、同車に建築大工である訴外山田泰久を同乗させて控訴人宅を出発し、本件事故現場に向かつたのであるが、控訴人宅より右事故現場までは、僅々数百メートル程度の距離にすぎなかつたこと、ところで、被控訴人は、本件事故直後、同事故現場において、実況見分に従事した警察官より命ぜられて、加害車の制動能力を測定するため、二回にわたりブレーキテストを行つたが、二度ともブレーキを充分踏み込むことができず、加害車を急停車させえなかつたこと、そこで、これにひきつづいて、右警察官がみずから加害車を運転し、直接ブレーキテストを行つたが、その際、同警察官は、運転席からなかば腰を浮かした態勢でブレーキを踏み、それによつて、ようやく急制動を加えることができたこと、控訴人は、前記確定判決において、自賠法三条の運行供用者責任を肯定され、本件事故による賠償を命ぜられたが、その根拠とされたところは、同条に定める免責事由のうち、運転者である被控訴人に過失がないこと、加害車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことについて、それぞれ主張、立証の責任をつくしていないというにあつたこと、そして、控訴人は、加害車につき、任意保険には一切加入していなかつたこと、本件事故については、同事故後控訴人、被控訴人側と前記武の遺族である前記ユウらとの間で一応示談の折衝が行われ、その交渉過程においては、控訴人、被控訴人側で多くとも合計金六〇万円を支払えば示談が成立する見込がきわめて濃厚であつたこと、しかるに、一方、控訴人としては、運転者である被控訴人には加害車運転上何らの過失もなく、ひいては、みずからにも運行供用者の責任はない、との立場を堅持して、見舞金程度の金額に固執したため、控訴人と右ユウらとの間では、遂に示談の成立をみるに至らなかつたこと、それがため、被控訴人は独自の立場で右ユウらとの示談を進め、結局、昭和四二年三月三〇日、被控訴人より、先に香典として贈つた金五万円のほか金一六万五、〇〇〇円を支払うことで、示談が成立したこと、なお、右示談においては、被控訴人より右金額を支払うことにより、爾後、右ユウらは、被控訴人に対する関係では、本件事故による賠償金を裁判上及び裁判外で請求しない旨の約束がなされたこと、控訴人は、右ユウらとの間の訴訟(同訴訟では精神的損害による慰藉料のみが請求された)においては、運転者たる被控訴人の無過失を主張しながらも、被控訴人を証人申請するなどして、その点に関する供述を求めることは格別しなかつたこと、以上の事実を認めることができるのである。前掲甲第三号証の記載、原審及び当審における控訴人尋問の結果のうち、叙上認定に反する部分は、該認定に供した前掲各証拠と対比して、たやすく信用することができなく、他に同認定を左右するに足る証拠は存しない。

「そこで、右認定の事実関係を基礎として考察を進める。先ず本件事故発生の原因は前叙説示のとおりであつて、被控訴人の過失としては、結局、前記武が加害車の進路前方に投げ出されたのを認めながら、ハンドル操作及びブレーキ操作に的確を欠いたことに存するところ、被控訴人の右過失は、その運転未熟もさることながら、右事故当日はじめて運転した加害車に対する不慣れに起因するところが大きいとみるのが自然である。そればかりでなく、同事故後に行われたブレーキテストの状況からすれば、加害車には、その構造上の欠陥または機能の障害として目すべきものではないとしても、少なくともブレーキ操作に際して、通常の場合よりも強く踏まなければならない状態にあつたことが窺われなくもないところ、被控訴人は、帰途の便宜を考慮したためであるとはいえ、加害車の運転を固辞していたのに、控訴人の強い指示によつて、これを運転するに至つたものにほかならない。ところが、控訴人方では、通常、控訴人自身または前記美代子が加害車などの運転に当つていたのであつて、元来、被控訴人は、専門的な運転手として雇傭されていたわけではなく、従つて、その給与もたかだか日給金一、二〇〇円であつて、事故発生の危険性を必然的に随伴し、かつ、その結果当然損害賠償責任の負担すら覚悟せねばならない、専門的な運転手としての責務に見合う程度のものではない反面、被控訴人との雇傭契約上期待されていたところは、建築大工のいわゆる小取り(雑役人夫)として業務を果たすことにすぎず、もとより、自動車運転上の技能を特に要求されてはいなかつたのであるから、控訴人の加害車に関する運行管理上の過失はもちろんのこと、その不適正な労務指示もまた、本件事故を惹起するについての大きな誘因となつたものと認めるのが相当である。そして、控訴人と被控訴人との内部関係を問題とするかぎり、控訴人の上来説示したような過失は、本件事故発生に与えた原因力の度合において、被控訴人の加害車運転上のそれと対比して、決して下廻わることはないものと目すべきである。しかのみならず、控訴人の営んでいる建築業は、その業態上、建築資材の運搬その他自動車の運転を利用することが甚だ頻繁な業種であるから、その事業経営上、事故の発生とそれに伴う損害賠償責任の負担も、通常予期せねばならない危険に属するというべきであり、これを回避するためには、適正な金額の任意保険に加入し、それによつて、蒙ることあるべき現実の出捐を他に転嫁、分散することもできた筈であるのに、控訴人は、かような事前の措置をとらず、帰するところ、それが控訴人自身に現実の責任負担を余義なくさせ、かつ、被控訴人に対する求償権の行使を招いた原因ともなつているわけであるから、本件事故に起因する賠償金についての、控訴人と被控訴人との間の負担割合を定めるに当つては、当然斟酌さるべき事柄といわなければならない。さらにまた、控訴人は、本件事故後の示談交渉の過程において、現実の責任負担額を容易に減縮せしめうべき事情にあつたのに、これを減縮させることなく看過し、その実際の出捐金額を著しく増大せしめる結果を招来していることが明らかである。尤も、一般的にいつて、示談交渉に当つてどのような態度をとるかは、よしやその結果が第三者の利害に影響を及ぼすごとき場合にあつても、まさに示談当事者の任意にかかつているものというべく、紛争の解決を裁判所の有権的な判断に求めることも本来自由であるけれども、本件についてみるかぎり、示談交渉開始以来の、前叙認定したごとき特殊な事情にかんがみれば、控訴人の被控訴人に対する求償権の行使に当り、これが顧慮さるべきは、条理上当然である。」そして、本件事故当時における被控訴人の過失が、それ自体としては必ずしも大きなものということのできないことは、すでに説示したとおりである。そこで、叙上説示した諸事情をかれこれ勘案し、公平の見地に立脚して考えると、控訴人が前記ユウらに支払つた賠償金のうち、被控訴人に対して求償を求めうべき金額は、金五〇万円をもつて相当と認めるべきである。

六  そうすると、被控訴人は控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年九月一四日以降支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるもの、としなければならない。

七  叙上の次第で、控訴人の本訴請求は前項説示の範囲で正当であるから、その限度でこれを認容すべく、その余は失当であつて、これが棄却を免れない。そこで、これと結論を異にする原判決を一部変更することとし、民訴法九六条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤秀 裁判官 松村利智 裁判官 篠原曜彦)

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